「魔王」伊坂幸太郎

魔王
気付くと第三者に自分の心で思ったことを腹話術のように喋らせる才能を持った安藤だったが、野党の若い党首犬養が、アメリカに媚びず自分の考えを簡潔に自信を持って話すのを、若者を中心に持てはやされ、いつしか群集を統一していくさまが、全体主義を思わせ若き日のムッソリーニにも重ね不安になっていく。
ある日近くで犬養の街頭演説があると知って、腹話術を試みようと出かけていく「魔王」。


兄の意思を引き継ぐような安藤の弟潤也の話を妻の詩織視線で語られる「呼吸」。


伊坂幸太郎の描く兄弟はなんだかいい。
弟は無条件に兄を信頼し敬い、心優しく屈託がなくて可愛げがあり、兄は弟をいつも穏やかに見守っている。

この物語ではファシズムと言う言葉が何度も繰り返し出ているが、その中で、ムッソリーニと一緒に銃殺されて広場に死体をさらされた恋人のスカートがめくれ、囃し立て笑い騒ぐ群集のなかで、スカートを自分のベルトで縛りめくれない様に直してあげた人がいたエピソードが効果的に挟まれている。どんなときでも余裕のある人にはどうしたらなれるのかと最近よく考える。