[李歐」 高村薫

李歐 (講談社文庫)
子供の頃母親と夜逃げ同然で家を出た一彰は、着の身着のままで辿りついた大阪で近所にある機械工場を遊び場として通う。そこは韓国人や中国人の工員達がおり、工場主の守山ともども「ぼん」と呼んで一彰のことを可愛がってくれた。ある日母親が中国人の工員と出て行ってしまい、一彰は祖父のもとに引き取られたが、大学は大阪に戻り、何にもやる気を見出せないままゼミやバイト、不倫の日々だった。
ある日母親と出て行った中国人と関係があるナイトクラブを見つけてバイトをすることにするが、そこで殺人事件が起こる。そこで出会った美貌の殺し屋李歐と長い日々の始まりだった。

主人公は高村作品常連の「狂気が時々顔を出す、怖いが妙に優しかったりする」ところがあるタイプだ。一方の李歐もそんな感じだが、彼は若く、色が白く、女顔、華奢な美貌の殺し屋で、それだけで惹かれるところだが、中国語の歌をファルセットで歌いながら美しく踊るシーンがたまに出てきて印象的。森川久美の「南京路に花吹雪」をちょっと思い出す。黄も京劇のダンサーか何かやっていた気がするが、李歐も香港で観光客相手の京劇の舞台かなにかをやっていたらしい。

守山は以前中国にいたことがあり、政治的な逃亡者を工場で預かっていたので、怪しげな外国人の出入りがあり、一彰が子供の頃も工員の一人がなくなったりしていた。だが中国語に触れる機会がたくさんあり、不倫相手の助教授も漢詩を教えているので、一彰も中国語がわかるようになっていた。話の途中で頻繁に中国語のフレーズが出てくるが、音楽的できれいだ。漢詩が時々李歐と一彰のやりとりに出てくるのも物語に美しさを彩る。李歐の中国語がとても美しいというのも興味が引かれる。エイミィ・タンのお話にも「オペラシンガーのように美しい中国語を話す」というのがあるが、そんな感じだろうか・・

李歐と一彰はナイトクラブでちょっと知り合い、その後守山工場でかくまわれていた李歐とちょっと話して一緒に銃を盗んで強請る程度の付き合いなのに、その後の大河ドラマのように続く二人の関係にはちょっと驚く。一彰には鮮明に李歐の印象が焼き付けられて忘れられないのはわかるが、波乱万丈の生活をしていた李歐はあの程度の出会いの執着するのはわかりにくい感じがした。ふたりの延々と続く物語にはもちろん興味はあるけどさ。

桜が大切なキーワードになっており、妖しいほどの美しさが華やかさを添える。