「帰らざる夏」 加賀乙彦

帰らざる夏 (講談社文芸文庫)
陸軍エリート養成の幼年学校に合格した省治。
日々の過酷な修練に耐え、皇国の不滅を信じている鉄壁の軍国思想の
持ち主である彼を待ち受けた敗戦。
聖戦を信じていた心を引き裂かれ、玉音放送を否定し、大混乱の果て
義に殉じ自決した彼の青春の苦悩を描く。


とりあえず、幼年学校の先輩の源がかっこよすぎる。
彼はいい家の出で、学習院出身、そしてどこぞの宮のご学友。
学校の規則も適当に破り、きままに生きているようで、
自分の信念もしっかりと持っている。
歌も読み、ピアノの達人で、クラッシック音楽にも詳しく
水泳も上手で、そしてなんといっても美少年。
日頃日に焼けることがことが多いから、普段は焼けているのだが、
もともと色白で、ふとしたときにそれが除くのが色っぽい。


犬山城近くに叔父の瀟洒な山荘があり、源を可愛がってくれる
京美人の叔母がいる。そこを訪ねる二人を叔母はあれこれと
世話を焼いてくれご馳走を用意してくれた。
そこでの源はもっとリラックスして、学校では禁止されている
「です」「ね」口調をあっさりと使い叔母と会話したり、
叔母を困らせるようなことをちょっと言っては甘えたりしている。


庭の池で泳いだ二人が、びしょぬれになって傘を持ってきてくれた
叔母を追いかける様子がなんだか妙に子供っぽくて愛らしい。


敗戦で今まで信じていたことが崩壊して、心が砕けさ迷うさまは
この時期に青春を送った二人には特に衝撃的だっただろう。
源が最後にまた叔母を訪ねたときに、叔母が香水を振り掛けてくれ
それもまた美しい。


源は一見おちゃらかキャラなのだが、無口な設定だったりで
そのところがなんとなくしっくりとこなかったのだが、
朝鮮人にも差別意識なく接したり、いちいちかっこいい。


そんな戦時中でも、余裕のある大人がいる。
禁止の娯楽小説(「坊ちゃんとかなのだが」)を平気で読む軍医だとか
敗戦でも淡々と受け入れ、すぐに次の仕事をする心の準備も整う
医務室で世話係をしている岸。
彼らのような人がいることで、アイデンティティが崩壊して
右往左往している若い人々を導いてくれると頼もしくなる。


それにしても面白かった、大感激!