「怒り」 吉田修一

 

怒り(上)

怒り(上)

 

 ある殺人事件の現場には被害者の血で描かれた「怒」の文字があった。

この殺人事件を元に、刑事、母娘、父娘、ゲイのカップルなどの

それぞれの物語がつづられ、最後にすべて関連がつながり、それぞれの結末を迎える。

 

どの物語にも大切なキーワードが「信じる」ということだ。

素性を隠したまま付き合い始め、だんだんと深い関係になっても、

その背景により抱く疑惑や不安が読んでいるこちらにもひしひしと伝わり

やるせない思いがする。捨て猫が縁で付き合い始めた刑事と過去を明かさない女、

沖縄に住む米兵にレイプされかけた少女と友人の少年、その少年の兄のような

バイトの青年、娘が幸せになると信じ切れず恐れてばかりいる父とやっと

幸せを見つけたとおもえた娘、ゆきずりから一緒に住むことになったゲイと

彼の母親を毎日見舞う男。

犯人はだれでもありえ、さらにほのめかしもあり、誰なのかと思いながら

謎解きとしてもどんどん読み進む。

 

最後は悲しい結末が多いのだが、唯一明るい結末のカップルがいてせめて

救われる。

 

ゲイの優馬の母親がなくなったシーンで、彼が受験生だったころ、勉強部屋がないから勉強できないと母に怒り、それを聞いて母が毎夜外出をするようになったと

いう話をする。母が神社の境内の冷たい階段でマフラーを編んでいるのを

ある日優馬は見つけやるせない気持ちになったことを急に思いだし

泣くシーンは胸に詰まる。