「神々の山嶺」 夢枕獏

神々の山嶺(上) (集英社文庫)

神々の山嶺(上) (集英社文庫)

エベレストへの登山中に仲間を事故で亡くしたカメラマンの深町は、

訪れたネパールの店であるカメラを見つける。その古いカメラは伝説の登山家で

登頂がかなわなかったマロリーのものと思われた。その謎を追ううちに

ある日本人登山家を知る。羽生は日本でも有名な登山家だったが、消息不明になっていた。

 

不器用で強い気持ちを持つ男臭ーい男が自分の信念をまげず、夢に向かって進む。

この本はハードボイルドだ。

登山には本当に危険がいっぱいで、死も日常的にあるのに

どうしてそこまでしてつらいことをしなければならないのかは疑問だが、そこまで

多くの人を惹きつけるというのは抗いがたい何かがあるのだろう。

 

標高の高く気温も低く酸素も少ない所で、体力も消耗し、幻想を見る様子は

とてもリアルだったし、その中で星が圧迫するように迫る描写は自分がその場所に

行ったような気になるほどだった。宇宙とつながっていると感じる。

 

この物語でキーとなるのが、マロリーという英国の登山家だ。

登頂できずに亡くなったとされている悲劇の登山家だが、山男というようも

芸術家というような「もの憂げな瞳と独特の孤独感のようなもの」が彼の周囲に

まとわりついている。彼の登山は東洋的な香りがあり、哲学的とも描写され、

なおかつ美形だったというのも興味を惹かれる。そんな優男っぽい男性が

過酷なエベレスト登山をまだあまりチャレンジされることのなかった時代に

試みたというのもおもしろい。彼に興味がとても持てた。

物語はマロリー達が山頂を目指す様子を彼らが亡くなる少し前と思われる

時の描写の手記で始まる。下から見ている彼は、切れた雲の間から青空が現れ

二人の登る様子が見えたのだがその描写が鮮やかすぎる。

 

まただんだんと酸素を使っての登頂が始まったころ、

英国人の登山家の間で酸素を使用してエベレストの頂を踏むのは

アンフェアではないかと議論されていたというのはフェアであることを

なによりも重視する国民性に揺らぎなく興味深い。

 

過酷な登山中に口に入れるものの一つとして、干しブドウが重用されていた。

それだけ栄養があるということだと思うが、ドライフルーツというのは

やはり栄養価が高い食品なのだなと感心する。